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わたしたちのまち神戸長田で体験学習をしてみませんか?
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TOP > コンベンション協議会概要 > 協議会加盟組織紹介 >

神戸市長田区の高速長田駅から南西へ徒歩3分のところに位置する御蔵通5・6・7丁目地区。当地区を含む御蔵通・菅原通1〜7丁目は、御菅(みすが)地区と呼ばれています。1995年1月17日に起こった阪神・淡路大震災では、地震による倒壊と地震直後に発生した火災により、120余名が亡くなるという大きな被害を受けました。神戸市は震災後、御蔵通5・6・7丁目を、震災復興土地区画整理事業エリア(御菅西地区)に指定しました。
1995年4月23日に地区の住み良いまちづくりを推進することを目的として、住民、家屋・土地所有者全員を会員とするまちづくり協議会が設置されました。住宅再建支援、受け皿住宅入居支援、公園ワークショップ、コミュニティ道路ワークショップなど、基盤整備に住民の意見を盛り込み、住民参加の復興まちづくりに取り組んできましたが、一定の役割を果たしたとして2006年11月に解散しました。
ボランティア団体「まち・コミュニケーション」は御蔵通5丁目を拠点とし、協議会の活動をサポートしてきました。1996年4月設立。震災で御蔵を離れてしまった住民が一人でも多く戻れるよう、共同住宅、住宅再建支援、受け皿入居支援、イベントの企画開催などの活動を行ってきました。また、震災での体験を地域外に伝えるため、年2回「御蔵学校」などの勉強会を開催しています。
協議会は、まち・コミュニケーションとともに、新しい集会所や公園をつくるため、勉強会や会議を重ね、工事も「自分たちでできるところは自分たちの手で」を合言葉に、積極的に取り組んできました。2003年1月には、今までのコミュニティづくりに関する活動が評価され、協議会とまち・コミュニケーションが「第7回防災まちづくり大賞」総務大臣賞を受賞しました。協議会は解散しましたが、これからもお互いに助け合うまちを目指して、また、震災の体験を語り継いでいくために、地域のみなさんとともに活動を続けていきます。
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神戸市長田区のJR新長田駅周辺部に位置しており、阪神・淡路大震災によって大きな被害を受けた駅南地区の再開発事業、並びに駅北地区の区画整理事業エリアを含む113.4 ha.の商業復興及び活性化を目指して、2001年6月に中心市街地活性化法に基づき設立しました。
地域の特徴としては、西神戸最大の商業集積地であり、特にJR新長田駅南地区エリアは、6つの大きな商店街が網目状に広がっており、その中に大型量販店・デパート・大型専門店などが点在しています。現在も震災復興の再開発事業が進められており、すべてが完成すれば30棟以上のビルが建ち並び、賑わいのある商業地域として、さらなる発展が期待されています。
 もうひとつの特徴は、当地域はケミカルシューズの地場産業である各種企業が多く、そこに働く人々の食の台所でもあります。そのため、うまく安い焼肉・お好み・喫茶店が多くB級グルメの町として知られています。特に、「そばめし」や「ぼっかけ」は発祥の地としてテレビや雑誌で紹介され全国的に知られるようになりました。
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※現在鷹取教会工事中のため休止中
当協議会は神戸市長田区の西端JR鷹取駅南東に位置しており、平成5年1月18日に結成されました。また野田北ふるさとネットについては、新しい地域コミュニティ形成を目指して、平成13年4月に結成しました。震災前の当地域は戦時中の空襲を免れたため、古い長屋が密集するエリアに住宅・工場・商店などが混在する地域でした。そのため今回の阪神・淡路大震災によって大きな被害を受けてしまいました。
震災後は敏速に復興対策本部を設置し、長野大学・早稲田大学のボランティア組織や、全国的に有名となった鷹取教会のボランティア救援基地・アジアを中心とした外国人を救援するFMわぃわぃ等との協力によって、人命救助・家屋の解体・避難者の名簿作成・仮設住宅問題など多岐にわたる支援活動を展開してきました。その後、震災に強い町を目指して、区画整理地域の支援・まちづくり関係制度勉強会の実施・共同化・住宅再建への取組みなど行政と一体となった地区計画を推進し、大国公園を防災コミュニティの核として、周辺路地裏の整備やコミュニティ広場・共同住宅建設等の協議会活動を行ってきました。
今後の活動としては、地域コミュニティ形成によるソフトのまちづくりを目指して「野田北ふるさとネット」を立ち上げ、地域内活動だけでなく、神戸市北区の農村地区との交流など多様な地域間交流によるまちづくりを目標にして活動しています。
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